■ お蕎麦のお話 第139回 ■
  どこの蕎麦屋のお品書きにも有ります丼物ですが、定番は“親子丼”“天丼”“かつ丼”が蕎麦屋の丼御三家ですかな。
  先日も、近くの蕎麦屋の昼下がり、姫と蕎麦前を楽しんでおりますと、一陣の風のごとくやってまいりましたのは体育会系と思われます女学生の4人連れ、拙のテーブルの上のお銚子をちらりと見ましたが、あまり興味も示さず隣の席に着くと同時にヒヨ鳥のごとくにお喋りを始めましてな。
このお喋りには本物のヒヨ鳥も方なしでしょうな。暫くいたしますと品書きを真ん中にして、これだ、あれだと品定めを致しておりましたが二人が親子丼、あとの二人がかつ丼と収まりましてな。品物が運ばれてくる間、耳を塞いでいても聞こえてくるけたたましさですからヒヨ鳥の会話が自然と耳に入りましてな。
その内容と申しますと、先日長野の親戚の家に遊びに行ったのだけれど、あちらのかつ丼はご飯の上にトンカツが乗っていてそれにソースを掛けて食べるのには吃驚してしまった云々。これを聞いた姫が卵でとじた物が普通だと思っていたけれど本当にそんな物が有るのかしらん。
そこで思い出しましたよ、拙が若かりし頃、勝手気儘に信州の旅をしたことが有りましてな。信州のとある駅近くの食堂に入りまして“かつ丼”を注文いたしたと、お思い下さい。ここの店員さん、鄙には稀な美系でございまして容姿は今でも拙の網膜にしっかりと焼き付いております。
暫くいたしまして待望のかつ丼が出来上がってまいりましたが、丼の蓋を取って吃驚で御座います。なんと丼の中には、ご飯の上にソースの掛ったトンカツが一枚でございます。美系の店員さんをお呼びいたしまして、これは何かと尋ねまして2度びっくりでございましたよ。店員さんのサクランボのようなかわいい唇からは、これは“かつ丼”で間違え有りません。
そこで拙がこれではトンカツ定食と変わりがないではないか、拙の知っているかつ丼は甘辛いタレでカツを煮て卵でとじた物なんだが、と申しますと、それは“煮かつ丼”で、かつ丼といえば今のような物になるとの説明でしたな。その時は、其のまま戴きましたがソースに独特な甘みが有ってなかなかの物でしたな。
食事が終わった後も美系の店員さんにこの土地の食べ物のお話なども教えていただきましたが、もう少しお聞きしたいと思いましてお仕事が終わった後でもう少しお話をお聞きしたいと申しますとそれでは暫く待っていて下さいとのご返事でございましたよ。エ……その後ですか。それは皆様のご想像の儘に。拙の青春を彩る出来事だったのは確かでございましたな。
ちょうどお隣の女学生が席を立ちましたので元の静寂が訪れましたが、あ・あ・あ・姫の眉が吊りあがって見えるのは気のせいでしょうかな。今回は、我が青春の“かつ丼”紀行でございました。
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